下関から自宅へ・・・がたんがたんと鈍行の旅
起きるといつのまにやら、下関だった。
朝である。帰りの船は僕と上田氏は雑魚寝船室の中でカーテンのついた「着替えスペース」の辺りだったた め、着岸近くになって、ポッタリチャンサの運びやさんが、入れ替わり立ち替わり私をまたぎだしたのである。もう少し寝ていたかったのであ るが、アジュンまたちのガサツな動きのために起きざるを得なくなった。もう少し寝ていたかったなぁと思ったのだが・・・
海はなだらかだった。照りつける太陽は、釜山にいるときと変わらない。改めて距離的な近さを実感し た。
この旅行は僕にとって韓国を「近い国」にしたのだろうか?
一緒にご飯を食べたこと、歌ったこと、笑ったこと、(ちょこっと)喧嘩したこと・・・僕が日本で、そし て留学していたアメリカでやってきたことである。腹の底からぶつかっていくこと、笑うことそれが人と人が接する場合一番大切なんだろうな と感じた。それがある程度出来たと自分で思ったこの旅は、僕の心の中では「近い国になった」のではないかと思う。
もちろんこの旅が終わるだけで、韓国で出会った人との関係はずっと続いていく。続いて欲しい。
うどんでしめる・・・上田氏との旅の最後は、下関駅の食
堂でのうどんだった。「下関→ふぐ」と言う安易な発想もあったが「ふくうどん」を2つ注文して、旅の感想を語り合った。彼は、所用があっ
て新幹線で帰ることになり、僕は一人で鈍行での旅となる。
2人の旅をしめたうどんは韓国のうどんとは違ってかなり塩辛かった。唐辛子での味付けがないから余計塩味を
感じてしまうのだろうか?日本の味への再適応をしなければなぁと感じて僕は鈍行の列車に乗り込んだ。
韓国放浪の旅 完結である。
P.S.
釜山で食べたニンニクのコチュジャン漬けを多食した後遺症?は、自分は何も感じなかったが家族、友人に 対して迷惑をかけてしまった。この場でお詫び申し上げます。って遅すぎるって??(笑)